新作歌舞伎脚本
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灼咲鈩初花(もえてさくたたらのはつはな) 
羽 生  榮

                               
 あらすじ
 戦国の世、山陰では尼子氏と毛利氏が互いに領国拡大を図って争っていた。
出雲の山深い
鈩場(たたらば)では今日から一代(ひとよ)(一釜の製鉄作業)が始まっており、その鉄を確保するため尼子の兵士が鈩場を守備していた。鉄山師(鈩の経営者)の田川清左衛門の養女・桂子(かつらこ)は験のある巫女で、祈りを捧げると鈩の初めに出るノロ(鉄滓)も無事に出るのだった。なお良き風の為に風の宮へ祈りに行く。清左衛門は尼子に肩入れしているが、村下(むらげ)(鈩の技師長)の五十猛(いそたける)には毛利より誘いの手が伸びていた。それを知って清左衛門は五十猛に、桂子を嫁にやると言って引き留める。美しい桂子に惚れている五十猛は有頂天になり、ますます仕事に励むのだった。

風の宮で良き風を祈っていた桂子は、風を止めに来た
地下(ぢげ)の源太に会う。稲には風は禁物だったのだ。風がハタと止んだのを訝しく思った五十猛は、風の宮で源太を見付ける。二人は桂子を争うが源太は手傷を負い、桂子も五十猛に奪われてしまう。

一年後、子を産んで今では村下の
(かか)らしくなってしまった桂子だが、産んだ子は五十猛の子ではないという専らの評判だった。今日で一代(ひとよ)が終わる日、鈩場では急に(ふいご)が動かなくなり炉の火はみるみる弱くなってゆく。それは源太らの呪詛だと知った五十猛は、鈩場(たたらば)で源太を斬り殺す。そしてその骸を炉に投げ入れてしまう。鈩の神は黒不浄を好む神なのであった。火は再び燃え上がり、鈩は無事一代(ひとよ)を終える。(けら)出しが行われたが、源太の死体は何処にもなかった。

尼子の兵がその鉄を受け取りに来たが、清左衛門と鈩者はそれを拒否し抵抗する。清左衛門はこの鉄で鐘を造り寺へ寄進すると言う。桂子は赤子を巫女にするよう父に頼み、己れの髪を切る。清左衛門は五十猛を毛利へ落としてやることにし、これからは二度と武器は造らぬと誓うのであった。

                             
   参考文献
   『山陽・山陰鉄学の旅』島津邦弘・中国新聞社
   『青銅の神の足跡』谷川健一・小学館ライブラリー69
   『和鋼風土記』山内登善夫・角川選書183


灼咲鈩初花(もえてさくたたらのはつはな)  羽 生  榮



登場人物
───  一幕  ───
第一幕一場 山内(さんない)たたら場前庭の場
 五十猛(いそたける)村下(むらげ)・たたらの技師長)
 田川清左衛門(鉄山師・経営者)
 桂子(清左衛門の養女・巫女)
 彦吉(砂鉄洗い)
 おすぎ(山子)
 八助(鉄穴師(かなじ)
 八重(おすぎの娘)
 番子(ばんこ)達(吹子(ふいご)の労働者)
 番頭、手代達(田川家使用人)
 地下の百姓達(下流の農民)



二場 たたら場内の場
 火猛(ほたける)炭坂(すみさか)・副村下)
 余作 (炭焚き)
 清左衛門、桂子、五十猛
 手代達、番子達、代り番子達

───  二幕  ───
第二幕一場 風の宮社殿の場
  稲田の源太 (農民の主だつ者)
  桂子、五十猛、百姓達



───  三幕  ───
第三幕一場 たたら場外の場
 五十猛、桂子
 桂子の赤子 (実は源太の子)
 おすぎ、八助、番卒達

二場 たたら場内の場
 木次陣内(出雲の尼子方地侍)
 間者 (毛利方)
 清左衛門、桂子、桂子の赤子
 源太、五十猛、火猛
 鬼男達 (地下者達)
 番卒達、足軽達、番子達


三場 たたら場前庭の場
 蒜仙(ひるぜん)和尚 (住職)
 清左衛門、桂子、桂子の赤子
 五十猛、火猛、八助
 山内の女達


 第一幕一場 山内(さんない)たたら場前庭の場
      時は戦国の頃、雲州山内たたら場。
     舞台下手に()だたらの板囲い見え、鍵の手内側に入口あり。囲いの奥より
     上手奥へ、長い板樋見え、内洗(うちあら)いの彦吉、「えぶり」を使って砂鉄を洗っ
     ている。上手に桂の大木。根太く張り繁茂す。
     背景は山また山の初夏の遠景。彦吉のたたら唄にて幕明く。

   ヤー ここはよいとこ よいたたらどこ たたら打ちます 元山に

   ヤー 今朝の仕掛けの 用意サみれば 小鉄(こがね)千駄に炭万駄

     よろしき鳴物をかぶせ、そこへ向うより、炭を背負った山子(やまご)のおすぎ、砂鉄を背
     負った鉄穴師(かなじ)の八助が、荷重げに来る。二人、七三で止まり、汗拭く。
おすぎ ヤレヤレ荷がくい込むぞ。今朝方よりたたらに火が入ったそうなが、三日三晩の
     一代(ひとよ)が終わるまでは、われらも難儀じゃて。
八 助 ほんにのう。炭も重いが砂鉄も重いぞ。一日(もみ)が二升じゃあ、引き合わねえ、
    引き合わねえ。今日は馬めの(ひづめ)が割れての、代わりにおいらが馬代わり。おいら
    の爪が泣く番さ。
     トいうところへ、囲いの入口より村下(むらげ)五十猛(いそたける)現れ、黒装束で仁王立ちとなり、
五十猛 オイ、何をブツクサほざいているのだ。炭運びめが油売りして(らつち)もない。
     サッ サと炭町(すみまち)へ入れんかい。オットその小鉄(こがね)は、(じか)に町へ入れるでねえ。
    今度の真砂(まさ)(まざ)りもんが多うてな、内洗いをせんことにゃあ、使いもんには
    ならんわ い。八助、親方によう言うとけ。小石で(かさ)ふやそうたって、そうは
    烏賊(いか)の金玉だとな。サァ裏へ廻った廻った。
八 助 ヘイ、まことに相済まんこって。
     ト二人、へコヘコしながら、おすぎは入口より入り、八助は裏の内洗(うちあら)いへ廻る。
五十猛 へン、おれさまが睨んでおらねば、(かね)()かぬわ。
     ト捨てぜりふにて、入口より入る。

   ヤー 塩と御幣(ごへい)で 清めておいて (たね)をつけます 御火種を

     ト彦吉の唄に合方かぶせ、上手より巫女(みこ)姿の桂子(かつらこ)、御幣持ち来る。
彦 吉 ヤア桂子さま。いよいよ初花(はつはな)のご祈祷(きとう)ですかいねえ。ご苦労さまにござりやす。
     ト手を止め、鉢巻をとって腰を折る。炭荷をおろしたおすぎも、入口より出て
     腰をかがめ、
おすぎ アンレマ、桂子さまでねえか。いつ眺めても別嬪(べつぴん)さんよのお。全く金屋子(かなやご)さまの
    お使わし()でああますヮ。
     ト見とれる。そこへ五・六才のおすぎの娘・八重が走り出て、母のそばへ駈け
     寄り、一緒に見とれる。桂子、皆にニッコリ笑み、入口よりたたら場へ入る。
八 重 ヨオ、かあちゃんヨォ。あたいを産んだはよけれども、なんであの木の根方(ねかた)
    捨ててはくれなんだ。田川の(だん)さんに拾われて、あたいもええベベ着られた
    ものを。
おすぎ (あわてて)滅相もねえことを。バカ言うもんでねえ。ホレ、帰って水でも汲ん
    でおけや。
     ト追いやる。奥から空荷(からに)で出て来た八助に、
おすぎ ほんに桂子さまは、いずこからおいでたやら。あの木の根元にお(くるみ)で、捨てら
    れとりなすったは、あれは今から十七年、イヤわたしが嫁に来た年じゃから、
    十八年になるかいねえ。田川の旦さんがお拾いなされ、場所が場所とて神さん
    の使わし()じゃろとおっしゃって。ホレ、たたらの女神の金屋子(かなやご)さんは、白鳥
    に乗って飛んで来て、あの(ふと)か桂に降臨(おり)られたげな。その根方にいた子とて、
    桂子さまと名付けられ、当年とって十八才。桂子さまが祈らるると、(かね)はよう
    沸く、鉄の好む風は吹く。全くもって金屋子さまの使わし()じゃ。
八 助 ほんに使わし姫、使わし姫。
おすぎ (空荷を肩にかけて)ドレ、もう一ふんばりしようかいね。
     ト二人、空荷を背負い花道へ掛ろうとするところへ、バタバタにて向うより
     棒を持った百姓姿の男達五・六人走り来る。口々に、
百姓一 今日こそ田川の旦那に談判だ。
百姓二 こう上流(かみて)から土砂(すな)を流されては、たまらんわい。おれの田んぼが埋まっちまわァ。
百姓三 雨の降るたび、天井川が溢れることを知っとるのけえ。
百姓四 鉄の好きな大風は、稲を倒して腐らせる。風を祭るは以ての(ほか)
百姓五 たたらは地下(じげ)(かたき)じゃい。
     トたたら場の板囲いを打ち壊そうとするのを、入口より五・六人の 番子(ばんこ)、長い
     棒を持って出て来る。おすぎ・八助、驚いて下手へ入る。
番子一 百姓どもだ。狼籍者めが。
番子二 稲がどうなろと知ったことか。
番子三 ここは山内じゃぞ、やってしまえ。
     ト双方争うところへ、上手より田川清左衛門(鉄山師)、番頭や手代を率き
     連れやって来る。
清 左 マァマァ、地下のお方々。事荒立てずと話をつけましょうわいねえ。
     わしの屋敷で話そうほどに、暫時そちらでお待ちあれ。何しろ今日は火入れ
    の初日、金屋子さまもそこらへんにお出でじゃによってなァ。
     ト番頭に指図して上手へ連れて行かせる。百姓達、納まらぬ顔にて立ち去る。
     清左、それを見届け、
清 左 たたらは稲の敵かいね。全くもってご尤も。
     ト(にが)笑いし、思い入れあって入口よりたたら場へ入る。

              (舞台廻る)



第二場 たたら場内の場                     最上段へ   
     平舞台中央に長方形の舟型のたたら()。それ一杯に火が燃え立っており、五十
     猛が「(たね)すくい」で炉に砂鉄を振り入れている。炭坂(すみさか)(副村下)の火猛(ほたける)も五十
     猛と同じ六方着という黒装束に黒手拭の頬かぶり。
     二人の村下の作業の合間に、炭焚きの余作が「(すん)どり」で、炭を炉に振り入れて
     いる。炉の両側に「箱吹子(ふいご)」二ケずつあり。番子四人が殆んど褌一つのいでた
     ちでたたら唄を歌いながら、把手(とつて)を押したり引いたりして風を送っている。

    ヤー 今朝のこもりにナー あさよつねせて 湯花(ゆばな)そろえてナー 
     ハァ とろとろとョ ー

    ヤー 朝の仕掛けのナー ホド先見れば ほどがちらちらナー 
     ハァ花が立つ

     下手寄りに金屋子神の祭壇あり。祭壇に向かって祈る桂子。祝詞(のりと)の声聞える。
     五十猛、火処口(ほどぐち)より火を覗く。番子達をジロリと見て、
五十猛 もっと風を送らんかい。大飯(おおめし)喰らいめが。(下手奥へ向かい)オーイ、そろそろ
    代わり番じゃぞォ。
番子達 へーイ。
     ト賑やかな合方となり、奥より別の番子四人出て来て吹子を代わる。終わった
     番子は伸びをしたり、汗を拭いたりよろしくある。そこへ清左衛門、手代達と
     入って来て、
清 左 どうじゃな、湯の沸き具合は。
五十猛 (だん)さま、ノロの()がどうも遅いけに、今桂子さまに初花の祝詞(のりと)を上げてもらって
    おりますところですた。この風が(空を見上げ)どうも(ぬく)いけに、沸きようが
    悪かですた。(ノロぐちを棒でつつき)あぶらうんけんそわか、あぶらうんけん
    そわか。
清 左 そうか。今朝方より(ぬく)い風がソヨロソヨロと吹くけになァ。空を見上げ
    降らねばよいが
手代達 降らねばよいが。
     ト皆々空を見上げる。奥より桂子出で来り、
桂 子 父上様、金屋子さまに真心こめてお祈りいたしましたほどに、間もなく初花も出
    でましょう。お心安うなされませ。
清 左 そうかそうか。そなたは使わし姫じゃによって、心強う思うておるぞよ。
五十猛 ほんに桂子さまは、又とないウナリ様じゃ。
皆   ウナリ様じゃ。
火 猛 (大声で)ノロが出るぞォ。初花じゃぞーい。
     ト炭坂の声に、一転賑やかな合方となり、
皆   初花じゃ、初花じゃ。
     ト皆一斉に炉の前面の湯溜(ゆだま)りへ集まる。五十猛棒で掻く。ノロが真赤な湯と
     なって 出て来る。
五十猛 あぶらうんけんそわか。あぶらうんけんそわか。
     ト皆祈り声を上げる。五十猛がノロに水をかけると水煙りが立ち、すぐ冷え
     て鉛色の初花(珊瑚のように枝分かれした鉄滓(てつさい))となる。それを頭上に捧げ
     持って、
五十猛 南無金屋子大明神、南無金屋子大明神。
     ト祭壇へ持ってゆき、供える。
皆    目出たい、目出たい、目出たいナ。


   

                        永美(ながみ)ハルオ 

五十猛 さて初花も無事出ますたによって、(のぼ)りの仕事も段取りよう進みますろう。
    したが今一つ、桂子さまにお頼みがありますがの。この風を、この(ぬく)とい湿った
    風を、なんとしてもキリリと冷えた風になされますよう、風の宮にてお 祈り下
    されませいなァ。このままですと、(けら)も太らず(づく)も出ずの有様となり・・・・。

皆    (のぼ)りは朝日の色に吹け

    中日(なかび)日中(ひなか)の色に吹け

    (くだ)りは夕日の色に吹け

五十猛 とは言うものの、風が便りの玉鋼(たまはがね)。わが玉の()も桂子さま、風が便りのたたら者。
桂 子 では峠の宮まで行って参りましょうわいなァ。
五十猛 お願い申しますだ。
皆   お願いしますだ。
五十猛 風神さま、風の宮さま。(つめ)とうて、強い風、谷の底より吹き上げめされ。
皆   あぶらうんけんそわか。
五十猛 あぶらうんけん、
皆   あぶらうんけんそわか。
     ト皆々たたら炉に向かって祈る。
桂 子 では父上様、これからすぐに。
清 左 頼みましたよ。
     ト桂子、父に一礼して上手へ入る。
清 左 (五十猛に)今し方、地下のやつらが、又々非を言い立てて参ったが、何とか収
    める(てだて)はないか。
五十猛 鉄穴(かんな)流しは田を埋めるども、田方(たがた)の土地を増えさせる。
    こつちの非ばかり鳴らされては、たまったものではああませぬ。
清 左 少し銀でも掴ませて、収めることにしようかねえ。
五十猛 よろしゅうお願い申しますだ。それよか旦さま、例のこと。桂子さまをこの
    おれに(いただ)かいてくれるという、滅法(めつぽう)うめえ話のこと。
清 左 シーッ。(といって五十猛を下手の隅へ連れてゆき)大きな声で言うんでねえ。
     実は山向こうのたたら師が、おぬしを抜こうとしくさること、わしが知らぬと
    思うかやい。じゃが今おぬしに去られては、尼子(あまご)様に納める(ぶつ)が調達出来ねえ
    ばかりでなく、何しろ山向こうは毛利方、おぬしをやれば敵方を利することに
    なっちまう。おぬしの惚れる桂子を、おぬしの(かか)にと言ったのは、そういうわけ
    があったのだ。
五十猛 何と有難えことじやろか。年頃惚れた桂子さま。養女というも旦さまの可愛ええ
    (おむす)に違えねえ。叶わぬ恋と諦めて、山の向こうへ落ちようかと、思いし矢先
    旦さまの有難てえ恵みのお言葉。五十(いそ)は動きましねえだ、(大声で)この山内
    を動きましねえだ。
清 左 (あわてて)わかった、わかった。大声を出すんでねえ。そのつもりでいよう
    から、一倍精を出すんだぞ。
五十猛 有難うござりやす、有難うござりやす。(泣く)
清 左 馬鹿なやつよ、泣いたりしくさって。
五十猛 ヘイ、ご免下さりませえ。
     ト泣き笑いし、ヘコヘコする。清左、手代達と去る。五十猛イキイキし、番子
     達に、
五十猛 ソレ、もっと風を入れろ、炭を焚け。
余 作 コラ、何ぬかす。そげに焚けば中日(なかび)火色(ひいろ)になってしまうぞ。
五十猛 構うものけえ。もっと焚け、もっと吹け。もっと小鉄(こがね)を振り入れろッ。
     ト大声でわめくのに合方かぶせ、賑やかに幕。



第二幕一場 風の宮社殿の場                    最上段へ

    (あま)ざかる(ひな)片辺(かたへ)に神さびて 風の(やしろ)坐奉(ませまつ)る風の大神・(ろく)天魔王
     又の御名(みな)他化(たけ)自在天と申さるる
     風鬼(ふうき)に風を吹かしめて 水鬼(すいき)に水を起こさする
     金鬼(きんき)には矢も通らずに 隠形鬼(おんぎょうき)は姿も見えず
     四鬼式神(しきがみ)となり給い 風水を(つかさ)どる

      山おろしにて幕明く。本舞台上手より中央まで、風の宮の朱塗高欄つき
      高二重屋体。正面の三段、半分ほど見える。祈祷室前面と側面に御簾(みす)下り
      ている。まわりは鬱蒼たる山中の景。風の音しばし続き、その間御簾の内
      より女の祈祷する声おどろおどろしく聞こえる。山おろし打ち上げ、バタ
      バタになり、向こうより稲田の源太、五・六人の百姓と共に出で来る。
      皆棒を持っており、花道にて、

源 太 風の宮にて祈るは何奴(なにやつ)。今日こそ叩きのめして、風を鎮めてくれようぞ。
百姓一 そうだ、そうだ。
百姓二 この大風のもとはここじや。一ひねりに潰してくれん。
源 太 皆の衆、あの、声を聞いたかやい。どうせのこと、髪もおどろの山姥(やまんば)が、祈って
    いるに違えねえ。(ばばあ)一人やっつけるなァ、おれ一人で沢山だ。それよりも田川へ
     行った連中の、首尾は如何(いかが)と気になるところだ。押しかけるなァ多え方がよかろ
    うから、あっちの方へ加勢を頼む。
百姓三 それもそうじゃ。オイ、皆の衆。ここは源太に任すとして、みんなで田川へ押し
    かけようぜ。
皆   それがいい、それ行け、それ行け。
     ト皆一斉に引き返す。源太それを見届け、改めて棒を握りしめ、構えながら、
     ソロソロと社殿に近づく。祈る声一段高くなる。階の下にて、
源 太 頼もう、頼もう。
     ト祈りの声一段大きくなり、ハタと止む。風の音。御簾ソロソロと上る。
     正面 に祭壇あり。ウナリ姿の桂子、御弊を持ち、向こうむきに祭壇に
     ひれ伏し 祈る。やがて立ち上り、憑依(ひょうい)した状態でフラフラと高欄のところ
     まで出て来 る。バタリと縁に膝をつき、肩で息をする。
     源太驚いて後ずさる。
源 太 (気をとり直し)おまえさまの(あるじ)に頼みごとがああますけに、取り次いでくり
     やれのお。
     ト桂子しばし無言。やおら片手を前に出し、
桂 子 あんまり、あんまり一心に、祈っておった、ゆえになァ、息が切れて、
    しもうた ぞ。水を一杯、一杯、くりやれなァ。
源 太 可哀そうな巫女(みこ)さまじや。主が無茶に使うから、息が切れてしもうたか。
    
ヨシヨシここに水がある。(りき)のつく水じゃによって、おまえさまに進ぜよう。
     ト源太、腰に下げた竹筒をとり、段を上って手渡す。
桂 子 (受けとり)(かたじけ)のうござりまする。
     ト口をつけて一気に飲む。
源 太 どうじゃ、うめえか。
桂 子 甘露々々。まこと深山(みやま)の甘露水。(ハッと筒を見て)ハテ、これは。
源 太 命を延ばす甘露水。ハハハ、稲で作った濁り酒よ。
桂 子 (あわてて)ええ、お神酒でああますかや。これは大変、大変なことをして、
    しもうた わいなァ。お祈りが効かぬ、効かぬようになるわいなァ。
    アレ、どおしょう、どうしようぞいなァ。
源 太 
ハハハ、お祈りは(ばばあ)に任せ、可愛ええ巫女(みこ)は店仕舞。
桂 子 オヤ、(ばば)とは、誰のこと。
源 太 居ろうがのう、奥の方に山姥が。
桂 子 わたし一人でござります。
源 太 ええ、じやが、さっきのあの声は。
桂 子 わたくしの一心の声。風を祭りし祈り声じゃ。
源 太 ゲッ、こいつは驚いた。てっきりゴツツイ山姥が祈っていると思うたに。
桂 子 祈るうち、風の神が乗り移り、声が変わるは知れたこと。
   (少しずつ酔ってきて)ア ア、いい心持ちじゃ。してぬしさまは何しにこれへ。
    なに用あって、フー、訪ねて来られた。
源 太 風を祭って吹かす風は、たたらの鉄によけれども、地下(ぢげ)の稲には不都合じゃ。
    ソロソロ稲も茎立(くぐた)つ時分、この大風で伏し倒れなば、我らは食うにも事欠くばか
    り。どうか風を吹かさんで下されまいか、のォ巫女さま。
桂 子 その言い分は尤もなれど、たたらで稼ぐ山内は、()き風一つを便りにし、
    鉄を沸かいておるゆえに、そちらの言い分聞けぬは道理。少しの風を我慢して、
    やり過いて下されば、田方のための道具もの、(くわ)も造れば鎌も打つ。
    フー、(かね)もお役に立っております。
源 太 その(ことわり)は尤もじゃ。したが(もの)の具にもなる鉄の怖さを知っていよう。刀矢尻や
    鉄砲を、作るも同じ小鉄にて、おぬしはそれでも構わずに、平気で祈っていら
    れるかえ。
     トズカズカ上り、祭壇のお神酒徳利を取り上げ、グイと飲む。
桂 子 アレ、滅相もないことを。おやめ、おやめ下されなァ。
     ト止めようとして源太に取りつく。が、しばし下から見上げて、
桂 子 あなによし、えおとこよ。
源 太 (思い入れあって)あなによし、えおとめよ。
     ト二人、ひしと抱き合う。
桂 子 たたらの(かたき)に惚れるとは。
源 太 敵はしばし忘れ果て。
桂 子 まこと田方の苦しみも。
源 太 わかっているぞ。たたらの祈りも。
桂 子 おまえさま。(すがりつく)
源 太 可愛いやのう。
     ト見つめ合うを合図に、御簾しずかに下がる。まわり少しずつ暗くなる。

    森の宮の木々吹く風に夜も更けて 物果敢(ものはかな)しや小柴垣 内なる色や見えつらん

      後ろ黒幕に変わり、山の端がボウと赤く、山向こうのたたらの火明(ほあか)りが
      見える。風の音小さくなる。

    アレ たたらの火明りが 胸も焦げよと燃えさかる

    犬飼星(いぬかいぼし)何時(なんどき)にて候ぞ ああ惜しや 惜しの夜や

     トバタバタになり、向こうより松明(たいまつ)を持った五十猛、急ぎ足に来り七三にて、
五十猛 どうも勢いのええ風が、さっき(がた)よりバッタリ止まり、ものみな腐り果つるよ
    な、()くとい風が(空を見廻し)吹きおるぞよ。風の宮になんぞあったか、
    桂子さまはどげになされた。
     ト急ぎ足に社殿へ来る。
五十猛 桂子さま、桂子さま。お留守かや。五十(いそ)でござるよ、如何なされた。
     ト探し廻る。少し風の音。やがて段を上り、御簾の近くへ、
五十猛 桂子さまいのう。
     トその時、スルスルと御簾上り、(はかま)汗杉(かざみ)もつけぬ、着流しの桂子、中央に
     立っている。袴などは上手の屏風にかけてある。
五十猛 どうなされたのじゃ。
桂 子 祈るうち、昼の疲れでウトウトと。
五十猛 ヤヤ、酒くさし。どうしたことじゃ。(松明を高くかざし)おかしやな、
    ウナリの姿も しておらず、酒を食らって眠るとは。ハテサテ、(と桂子の周
    りを廻りながら松明で照し調べる)桂子さま、誰に酒を飲まされた。ええ、
    誰に飲まされたのじゃ、ウナリさま。風の神のおん前で、罰当たりなことかい
    な。あぶらうんけんそわか。
     ト引きずって段を下りる。

   


桂 子 ぬしさまいのう。
     ト助けを呼ぶと、屏風の向こうより源太現れて、
源 太 その手を離せ、たたら者。
五十猛 (ビックリして桂子をつき離し、段を上りながら)てめえは誰だ、どこから来
    た。名を名のれ。(思い入れあって)ハハア、さてはこの桂子と。
    ウーム、許さぬぞ、許さぬぞ。わしの嫁に何をした。(二人対峙する)
桂 子 五十さんの嫁なぞと。
五十猛 しゃらくせえ。旦那に許しをもらったばかりだ。
桂 子  わたしは何も存じませぬ。
五十猛 おまえはわしの嫁なのじゃ。毛利へ落ちるを防ぐため、旦那がおまえを当て
    がって、引き止める気でいなさるのだ。
桂 子 悲しやな、父上様。わたしの心は源さまに。源太さまいのう。
五十猛 源太じゃと。こやつ地下(じげ)の源太めか。
源 太 オウ、百姓なれど苗字ある家に生まれし稲田の源太だ。やる気ならこの(おなご)、力
    ずくで 取ってみよ。
五十猛 オオ、望むところだ。
     ト松明をほうり投げ、二人組み合い段を転げ落つ。桂子オロオロして、
桂 子 おやめ下されお二方。神かけて二夫に目見得(まみえ)ぬこの桂子、死んで身を立てとう
    存じまする。
     卜すばやく五十猛の腰に差した山刀を抜く。五十猛それを奪い取り、
五十猛 あぶないぞ、桂子さま。
     ト刀を取り上げ源太を追って殿上へ。だんまりとなり、闇の中で源太も腰刀
     を抜き切り合う。トド源太切られ、後ろの黒幕落ち日中の景となる。
源 太 アッ。(目をおさえ尻餅をつく。手の下から血汐したたる)やりゃあがったな。
     ト源太ひるむすきに、桂子の手を引いて、バタバタにて五十猛花道を駈けて
     ゆく。
五十猛 おれの(かか)だ。おれの嬶だ。
       舞台では、目から血を流した源太、柱巻きの見得をするを()(かしら)

                (幕)



 第三幕一場 たたら場外の場                 最上段へ
     舞台後方一面板囲い。たたら場外の景。上手囲いの上より、少し桂の枝かぶ
     さる。一年後のたたら場。上手寄りに足軽一人、槍を持って立ち番の風情。
     鳴物に合せて、向こうより砂鉄の俵詰めを積んだ馬を引いて八助がやって来る。

番卒一 ヤイ、何奴(なにやつ)じゃ。止まれ止まれ。
八 助 へイヘイ。怪しい者ではああませぬ。砂鉄運びでああまして。
番卒一 なんだ馬子か。
八 助  いいえ、これでも鉄穴師(かなじ)でござあますだ。
番卒一 おんなしことだ。はよ行け。
八 助 ヘーイ。
     ト上手へ馬を引いて入る。番卒二、下手より出で来り、
番卒二 どうじゃ。変わりはねえか。
番卒一 別に毛利も来ねえようだ。したが尼子様も、よくよく武具(もののぐ)調達にお困りのこと
    じゃな
。こんな山中のたたらまで、お押さえなさるようではなァ。じゃが
    毛利めもここまでは、めったなことに来るまいて。
番卒二 イヤイヤわからぬぞ、わからぬぞ。山向こうは敵方じゃからな。
     トよろしく話し合いながら二人下手へ入る。そこへ合方(あいかた)にのり、上手より空馬(からうま)
     と八助、その後より空荷のおすぎ出て来て、
おすぎ (キョロキョロとあたりを見廻しながら)近頃山内(さんない)も物騒だねえ。侍たちが
    ウロウロ歩きくさってな。
八 助 そうさなァ。旦さんも尼子さまに肩入れなされているそうなが、近頃造るもんと
    いやあ、刀・槍の穂・弓矢の(やじり)、鉄砲の筒ばっかりじゃ。
    幾代(いくよ)も幾代も吹かるるのに、鍬先・鎌の刃なんぞはなァ、めったに造ら
    んとじゃそうな。人殺しの道具にばっかり造られて、砂鉄も泣いているろうに。
おすぎ 八助どん、砂が泣くこと知っとるかい。砂はほんとに泣くそうなョ。
八 助 へー、やっぱり砂めは泣くんかい。そうじゃろ、そうじゃろ。
     ト二人、思い入れよろしくある。合方変わり、向こうより桂子、髪を乱し粗
     末な(なり)で子を背負い、手に包みを持ってやって来る。
八 助 オヤ、桂子さまでねえか。今日は又えこうしおれた(なり)でああますなァ。
桂 子 皆様、ご苦労さまにござります。ちょっと(あるじ)に弁当と、着替えを届けに参りま
    する。
八 助 今日は三日目(くだ)りの日。そろそろ(けら)も太った時分。五十(いそ)さんももう一頑張りじゃ
    なァ。ご苦労さんにござります。
おすぎ ご苦労さんにござります。
     ト二人腰をかがめる。桂子、礼をして上手へ入る。二人それを見送って、
八 助 桂子さまもお変わりなすったもんだなァ。あげにおきれえじゃったのに、
    今じゃ村下(ぬらげ)の嬶となり、弁当(べんと)運びか情けなや。それにしてもあの(ざま)は。
おすぎ 髪オッサワラにやァわけがある。金屋子さまは女神ゆえ、村下の嬶に悋気(りんき)して、
    (かね)の湯沸きを悪うする。たたら一代(ひとよ)が終るまで、村下の嬶はひっそりと、髪も
    ()かずにいるわけさ。
八 助 へー、おすぎさんは物識りでああますなァ。
     ト話しているにかぶせて、上手奥より声し、二人驚いて上手を見る。
五十猛 (たたら場へ入るはいかぬと言ったであろうが)
桂 子 (したが以前は入りましたものを)
五十猛 (あの頃はてめえもウナリじゃったがに。今はわしの嬶なのじゃ)
桂 子 (どうしてそれがなりませぬかえ)
五十猛 (いかぬものはいかぬのじゃ)
     ト上手より、バタバタにて桂子の手を引っ張って、五十猛が出て来る。
     おすぎと八助と馬、驚いて下手へよける。
五十猛 (桂子をつき放し)月の(さわ)りの赤不浄、子を産む(けが)れの白不浄。金屋子さま
    はお嫌いなさる。若い(おなご)も赤子さえ、金屋子さまはお嫌いじゃ。たたら者の嬶なれ
    ば、なんでそれがわからぬか。
     ト大声でわめく。桂子うなだれ、
桂 子 ではここでお渡し申します。
     ト桂子、包みを渡し、しおれて下手へ入る。五十猛、見送る。

   心は主に添いながら 思えど思わぬ振りをして

     ト五十猛もスゴスゴと上手へ入る。八助・おすぎ、二人をやりすごして、
八 助 ヤレヤレ、惚れとるくせになァ。ああしか言えぬか五十猛。
おすぎ (声をひそめ)八助どん、八助どん。実は桂子さまの()んでおられたあのお子
    じゃがの。どうも五十どんの子ではねえと、もっぱらの評判ぞ。
八 助 ええ、そりゃ又なんと。
おすぎ 五十どんも、ウスウスそれを知っていて 、ああ(つら)く当たるのョ。
八 助 では全体、だれの子じゃというんじゃい。
おすぎ 桂子さまはウナリじゃからな、おおかた(かね)男神(おがみ)金山彦(かなやまびこ)か、三方荒神(さんぽうこうじん)さま
    かなァ。
八 助 へーエ、おすぎさんは何でもよお知っとること。週刊誌の読み過ぎじゃ。
    ハハハ
・・・
     ト二人、馬と一緒に下手へ入る。その時、(かね)の音・法螺貝(ほらがい)して、向こうより
     バタバタにて、
足軽一 ご注進、ご注進。
     ト足軽駈けて来る。その後ろより二三人の足軽に引っ立てられて、百姓風の
     男来る。上手より地侍の木次陣内(きすぎじんない)、番卒二人と出で来たり、花道の七三で
     迎えて、
木 次 なんだ、何事じゃ。
足軽二 毛利方の間者(かんじゃ)を召し取りましてござりまする。
木 次 ええ、間者とな。
足軽三 こやつ、田川への書状を所持いたしおりましてござりまする。
木 次 何じゃと。これへ出せ。
足軽三 へイ。
     ト足軽三、木次に手紙を渡す。木次それを読むの間、舞台板囲い真中より左
     右へ割れ、たたら場内の景となる。



 二場 たたら場内の場                    最上段へ
      中央にたたら炉その他あり。すべて第一幕二場の景に同じ。
木 次 (七三にて)ナニナニ、田川に毛利方へ付くよう(すす)めて参った書状ではないか。
    ウーム、油断も隙もあったものではねえな。皆の者でかいた、でかいた。
    そいつはそこらの木にでも縛っておけ。どうせ敵の手付(てつき)の者に違えねえ。
     ト手紙を(ふところ)に仕舞う。
足軽達 かしこまりましただ。
     ト間者を引っ立てて向こうへ入る。木次と番卒達、本舞台下手へ来て、奥よ
     り種すくいに砂鉄をしゃくつて現れた五十猛に
木 次 どうじゃ、鉄の沸きようは。もうソロソロ仕上がる頃であろうがな。
    それにしてもここは暑いナ。(汗をふくやら袖をまくるやらする)
五十猛 (砂鉄を振り入れながら)木次さま、ご警備ご苦労なこってござりやす。
    あと半日の仕事でああますよって、旦さんのお屋敷でタバコにでもなされるが
    ええですた。ぼてぼて茶でもおすすりあるがええですた。
木 次 そうさなァ、ちと田川にも用が出来たによって、田川の屋敷へ行くとしようか。
    構えて毛利には気をつけろ。
五十猛 わかっておりますだ。
     ト木次、番卒二人と上手へ入る。
五十猛 そろそろ大くだりじゃ。壁ももろうなってきた。(けら)出しも近いぞ。あともう
    一踏ん張りじゃァ。サァ、風を送れ、炭を入れろ。

番子達 ヤー 金を植えたる両職人が すきをあずける 元山(もとやま)

    ヤー お手を合わせて拝みたならば そこで金屋子お休みなさる

    ヤー 朝の出金(でがね)若釜(わかがま)すえて 樽を懸けます 懸樽を

     ト吹子、炭焚き、村下、皆一しきり働く。急に怪しき鳴物。
番子一 五十どん、変じゃよ。吹子がきしんで来くさった。動かぬぞ。
番子二 オヤ、こっちもだ。
五十猛 (あわてて)この()に及んで何てこった。(さら)の箱に取り換えろ。
    (はよ)う、早う。
     ト皆一緒になって吹子箱を新しいものと取り換える。
番子三 イヤ、(さら)も動かぬ、動かぬ。
番子四 どうしたことじゃ。ウーンウーン。
五十猛 金屋子さまァ、あぶらうんけんそわか。
皆   あぶらうんけんそわか。
五十猛 何とか動いて給いのォ。アア、火が()いそうなってきた。
火 猛 何かの(たた)りではあるめえか。
五十猛 赤不浄も自不浄も避けてきた。金屋子さまの(おぼ)し召しに(たが)うことはせなんだが。
余 作 毛利方の呪詛(じゆそ)ではねえか。
番子一 アアッ、ますます動かぬ、動かぬ。(ガタガタやる)
番子三 こっちもだァ、金屋子さまァ。(動かそうとする)
     ト怪しき鳴物つづき、雷鳴・稲光りして、明暗交々(こもごも)となる。バタバタになり、
     向こうより頭に蝋燭三本立て、鬼の面を被り蓑を着た男達五・六人出で来たり、
鬼男一 たたらを壊せ。
鬼男二 (かね)を作らすな。
鬼男三 やってしまえ。
     ト棒で打ち掛る。村下たち応戦し、入り乱れて争う。五十猛、鬼男の一人と
     争ううち、相手の面をはがす。片目の源太の顔現れる。
五十猛 アッ、てめえは。
源 太 オウ、稲田の源太だ。
余 作 地下のやつらか。
源 太 (五十猛と睨み合い)鍬も作らず物の具造る、こんなたたらは無用のもの。
    ソレみんな、壊してしまえ。
地下達 オウ。
五十猛 さては地下のやつらの呪詛であったか。くそッ。
     ト双方打ち合い組み合う。上手より桂子、子を背負って現れ、
桂 子 アッ、源太さま。
源 太 桂子か、迎えに来たぞ。
桂 子 おやめ下され、源太さま。(仲へ割って入る)
源 太 止めるな、桂子。あの時受けた傷が原因(もと)で、今では見やれ、隻眼(かため)となり、恋し
    いおぬしも奪われて、くやしく月日を送るうち、尼子の軍勢田を荒し、たたら
    は人を殺すもの造るばかりの情けなさ。思い余って惣ぐるみ呪詛の鬼とはなっ
    たりける。かように地下を踏みつけにされては黙っていられようか。
    (しがみ付く桂子をつき放し)サァ、皆やってしまえ。
地下達 オウ。(打ちかかる)
桂 子 (今度は五十猛にとりすがり) おやめ下され、わが(つま)さま。
五十猛 エエイ、止めるな。たたら打ちの邪魔をされては、黙って引っ込んでいられる
    けえ。(桂子をつき放し) 皆の者やってしまえ。
鈩 者 オウ。
     ト双方打ち合う。五十猛、源太に棒を打ち落される。
五十猛 こしゃくなッ。火猛(ほた)、そこの刀を取ってくれい。
     ト長刀を受け取って、スラリと抜く。
五十猛 この刀を受けてみよ。おれが沸かいた玉鋼(たまはがね)でおれが切るのだ、文句はあるめえ。
     トザックリ源太を切る。ギヤッと叫んで、源太倒れる。桂子走り寄って抱き
     かかえ、
桂 子 アレ、お痛わしや源太さま。源太さまいのう。アレ、もはや、もはや、言切れか。
     トかかえて、ワッと泣く。
地下一 源太がやられたぞ。引け、引け。
     ト地下者達、下手へバラバラと逃げ入る。五十猛それを見定め、
五十猛(思い入れあって)オオ、そうじゃ。(かか)よ、その(ほとけ)はもらったぞ。
     ト源太のなきがらを炉の陰へ引っ張ってゆく。
桂 子 何をなされる。(桂子追う)
五十猛 寄るな、寄るな。
     ト桂子をつきとばし、炉の陰で源太を(人形に変えて)担ぎ上げ、炭山に登る。
     死体を頭上に持ち上げ、
五十猛 金屋子さまは黒不浄は(いと)われず、死人や髑髏(どくろ)や女の髪を、殊の外お好みじゃ。
    サァッこの死人、おいしゅう召し上り下されなァ。
     ト炉の中に、源太を投げ入れる。火一段高く燃え上る。
火 猛 狂うたか、五十猛ッ。
桂 子 源太さまッ。
     ト人々、五十猛を炭山から引きずり下し、下手で取り抑える。抑えられた
     まま五十猛、
五十猛 サァ、番子どもッ、風を吹け。炭を入れろッ。(大声でどなる)
     ト四人の番子、あわてて吹子に取りつく。
番子一 アレ不思議、動き出したぞ。
香子二・三・四 こっちもじゃ。こっちもじゃ。不思議や不思議、エイヤ、エイヤ。
     (吹子動く)
五十猛 あと一息ぞ、鉧出しまで。励めや励め。
桂 子 源太さまいのう。
     ト炉に近付こうとする桂子を、人々抱きとめている。そこへ、上手より清左
     衛門、急いでやって来て、
清 左 騒がしいぞ、何事じゃ。
番子一 地下の者がなぐり込み、死人が一人出ましたですた。
清 左 (抑えられている五十猛を見て)五十のやつがやったのか。
番子二 稲田の源太がやられますただ。死骸はたたらの炉の中に。
桂 子 父上様、あのお方が炉の中に。
     ト桂子、父にすがる。清左、桂子を抱きとめて、五十猛を見据え、
清 左 そいつは縛っておくがよい。
     ト周りの者に言いつける。五十猛縄で縛り上げられる。縛られてもふて
     くされ、土の上に趺坐(あぐら)をかき、
五十猛 金屋子さまはわしの味方じゃ。見ろこの火の(おこ)具合(よう)を。ハハハ…。
   (と高笑いし)火猛(ほた)よ、あと一杯じゃ。それが済んだら(けら)出しじゃ。
     ト坐したまま指揮する。皆気押(けお)されてそれに従う。
五十猛 南無金屋子大明神。(じっと炉の火を見つめ)ヨーシ、吹子を止めろ、鉧出
    し手配じゃッ。
     ト人々吹子を取りはずし、道具を脇へ立てかける。長い(かぎ)つき棒を番子達
     手に持って、
番子達 五十どん、いいか。
五十猛 それッ、鉧出しじゃァ。
皆   エイヤコラ、エイヤコラ。
     ト皆、鈎つき棒で炉壁を引きはがす。大音響と煙。炉壁、塊となってゴロゴロ
     と転がり、壊れる。中から茶色の大鉄塊(中に赤みあり)が現れる。
     死体はどこにもない。
五十猛 オオ、よう沸いた、よう沸いた。あぶらうんけん金屋子大明神。
     ト五十猛、酔ったように叫ぶ。皆も、
皆   あぶらうんけんそわか。
     トそこへ合方にのり木次陣内、上手より足軽五・六人引き連れやって来る。
     五十猛は皆に下手へ運び去られる。
木 次 ヤァ、(かね)が吹けたぞ、鉄が吹けおったぞ。皆の衆、ご苦労じゃった。
     ト上手で牀机(しょうぎ)に掛ける。家来控える。清左に向かい、
木 次 この鉄、早速銅屋(どうや)に運び割らせた上(といって懐より書付を取り出し読む)
    鉄砲筒五十丁、槍の穂二百本、矢尻五百箇に造らせろ。()くの如く月山(がっさん)富田(とんだ)
    城よりお達しだ。
     ト書付を清左に向ける。清左しばし思い入れあって、
清 左 木次さま、この度はこの鉄、お引き渡しは出来かねまする。
木 次 な、なんじゃと。
清 左 この鉄には、人死(ひとじに)が出ましたによって、不吉な鉄にござりますれば。
木 次 死人とな。なに構わぬ、構わぬ。どうせ殺す道具を造る(かね)、縁起は担がぬ、
    担がぬぞよ。
清 左 この中に、
桂 子 この中に、
清 左 人が一人、
皆   人が一人、
清 左 入っておるのじゃ。
木 次 ええ、この中に。
皆   融けて流れて鉄となり、
桂 子 見事な鉧となってしもうた。(泣く)
清 左 どうあっても渡されぬ。
木 次 力ずくでも奪って行くぞ。それッ、皆の者ッ。
     ト足軽達、一斉に槍を構える。清左、桂子より赤子を受け取り、差し出して、
清 左 この子の父親(てておや)が入っているのじゃ。
     ト赤子、大声で泣く。
木 次 ええ、なんじゃと。(タジタジとなる)
     ト清左、子を桂子に渡し、桂子を抱き、労って、
清 左 (キッパリと)尼子さまにも毛利へも、この鉄は渡さぬぞよ。
桂 子 父上様。
清 左 この鉄では、鐘を造ろうぞ。寺に寄進の鐘を造ろう。
桂 子 父上様、うれしゅうござりまする。(泣く)
清 左 (木次に向かい)富田城へお帰りあって、尼子の殿に御報告なすればきっとお
    許しが叶う筈じゃと存じまする。人の(なさけ)のお分かりある、立派な武将であられ
    るお方。
木 次 そんなうまくはいくものか。わしに咎めが来るは必定。者共、かかれ。
     ト下知する。足軽達、槍を構えて前へ出る。桂子、やにわに前へ進み出、
     大手を広げ、

    

   
桂 子 わたしを殺して()るがよい、サァ、奪るがよい。
皆   (一斉に大手を広げ鉧の前に並んで)われらを殺して奪るがよい。
木 次 しゃらくせえ、たたら者めが。(しかしひるんで、やおら思い入れし)一旦月
    山へ帰り御報告、その上で取りに参るとしようぞ。皆の者、参れ参れ。
     ト上手へ肩そびやかし入る。足軽達も従う。
皆   よかった、よかった。
     トその時、バタバタにて向こうより蒜仙(ひるぜん)和尚、八助に手を引かれてやって来
     る。花道にて、
蒜 仙 八助や、八助や。そう()かせいでもよいわいのう。いったいどなたが死んだの
    じゃ。
八 助 (ハァハァいいながら)三方荒神(さんぽうこうじん)さまらしい。
蒜 仙 ナニ、三方荒神とな。

          (その間舞台廻る)


 三場 たたら場前庭の場                    最上段へ

     第一幕一場に同じ。上手に桂の大木。下手に板囲い少し見え、場外下手に大
     きな(けら)が置かれている。花道にて、
蒜 仙 三方荒神は神様ぞ。八助や、神様は死んだりはなさるまい。
八 助 (首をひねり)では金山彦(かなやまひこ)か。
蒜 仙 それも鋳物師(いもじ)の神さんじゃ。
八 助 とにかく桂子さまの五十どんの、前の亭主ということじゃ。
蒜 仙 フーン、してその(ほとけ)は今どこに。
八 助 何でも死骸はないそうじゃ。鉧に融けて(はい)られたげな。
蒜 仙 へーエ、鉧が仏とな、コリャ初耳じゃ。
八 助 とにかくおじゃれ、和尚さま。アア、あれじゃ、あの鉧じゃ。
     ト合方になり、二人本舞台へ来る。下手より清左、桂子、火猛、手代達。
     上手より山内の女達も二、三人出て来る。囲いの中から五十猛の叫ぶ声が聞
     こえる。
五十猛 (旦さまやー、且さまやー、(かね)を吹かせて下されやァ。わしに鉄を吹かせて
    (たも)いのォ)
     ト皆、桂の木のところまで来る。清左、皆を振り返って、
清 左 あのほたえおるやつは、毛利へ落とすことにしよう。人殺しとはいうものの、
    呪詛をかけたも罪あること。あいつも鉄の申し子ぞ。
火 猛 尤もなこってござります。山向こうのたたら場へ落とすもあいつの生きる道。
清 左 (和尚に向かい)和尚どの。この鉧で鐘造り、寺へ寄進いたしましょう。
蒜 仙 それは何よりでああますなァ。
     ト和尚、鉧の前で祈る。皆も祈る。桂子、抱いていた子を桂の根元へ静かに
     寝かせる。皆驚く。
皆   桂子さま。
桂 子 父上様。この赤子(やや)を、拾って下されませいなァ。
     トいって、近くの女の腰にある鎌をとり、自分の髪をプッツリと切る。
皆   アレ、桂子さま。
桂 子 わたしは鐘の行く寺に、共に入って尼となり、鐘の供養をいたしまする。回向(えこう)
    は草木国土まで漏らさじと申しまする。とりわけて鐘の中なる人なれば、朝な
    夕なに撞く鐘は祇園精舎の鐘の音、浮かばれぬわけはありますまい。
清 左 そうか、そうか。(目頭をぬぐう)尼になるかや、それもよかろう。
    (と赤子を拾って抱く。子に語りかけるように)母を拾った木の下で、又
    その赤子(やや)を拾おうとは。
皆   何かの(えにし)でありましょう。

桂 子 成長(しと)なったその時は、わたしのようにウナリにして、この子を使って下さりませ。
清 左 (思い入れあって)わしにとっては今ははや、尼子も毛利も我が事にあらずと
    思い定めしゆえ、今後はほそぼそ(かね)沸かし、田方の鍬や鎌造り、皆のお役に立
    ちたい所存じゃ。
桂 子 父上様。田方のための(かね)沸かすは、あの鉧の中のお方のお心。どうぞお頼み
    申しまする。
     ト桂子、和尚から数珠をもらい、自分の首へかける。
清 左 (赤子をつくづく見て)それにしてもこの赤子(やや)が、役に立つまでこのわしも、
    達者でおらねばならぬわやい。気の長い話じゃて。金屋子さまよ、お守りあれや。
女 一 オヤ、泣く子も黙るたたら(もん)の、その親玉がお気弱なこと。(皆笑う)
蒜 仙 (よう)を養うは(ろう)を養うと申しまするぞ。
清 左 和尚どの、おれを老いぼれにしたいのかい。(皆笑う)
     ト折から白い大鳥が飛んで来て、桂の木にバサバサと止まる。
清 左 (見上げて)ヤア、金屋子さまの乗られる鳥じゃ。今この桂の木の上に、金屋子
    さまがおいでるようじゃ。
     ト木に向かって合掌する。皆も合掌する。その時、五十猛の声、
五十猛 (旦那さまやー、(かね)を沸かせて給いのォー。旦さまやー)
清 左 (合掌したまま)人間世界の修羅道を、如何にみそなわし給うらん。お助け下され、
    金屋子さま。あぶらうんけんそわか。
皆    あぶらうんけんそわか。(皆祈る)

             (幕)

                     

 
あとがき
 「灼咲鈩初花」は平成八年度国立劇場新作歌舞伎脚本募集の一席に入選したものですが、鈩という地味なものを扱ったので、余り期待は出来ないと自分では思っておりました。その地味さが却って選考者の目に止まったのかも知れません。金属へのこだわりはもう十年以上になりますが、特に「鉄」についての思いがその年、何か熟成の
(とき)を迎えたかのように私をつき動かし、奥出雲の鈩場へ私を走らせていました。

 そこで感じたのは、「鈩製鉄」というのは木炭と砂鉄で行う巨大な魔法だったのではないか、ということでした。この実用の化学は火加減と配合によって大変バラツキの多い化学だったので、必然的に人は神に祈り、うまく鉄が出来れば神のお蔭と感謝を捧げて来たのでした。鈩製鉄は砂鉄採集のために古代以来公害を出しては来ましたが、和鉄は農具や生活雑貨、武器の原材料として大いに尊ばれてきたことでしょう。

我が国の地名や神社名に鉄や鈩に関する名前が多いのも、鉄の文化が曾て栄えた名残りなのです。しかし農耕中心史観が長い間歴史学の世界に居座っていたお蔭で、いま鈩を知る人は意外に少ないのです。もっと和鉄や鈩を顕彰したい、という思いでこのドラマを書いてみました。
                                  


*挿絵 永美 ハルオ Wikipedia

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